名古屋地方裁判所 昭和35年(モ)1463号 決定 1960年8月17日
申請人 笠井製作所こと笠井亀雄
被申請人 合資会社浅間製作所
主文
本件申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
本件申請の趣旨は「申請人及び被申請人間の昭和簡易裁判所昭和三五年(サ)第九一号仮処分決定取消申立事件の仮執行の宣言ある判決に基づいてなす執行は、第二審判決をなすに至る迄これを停止する」との裁判を求めるというにある。
一件記録並びに申請人提出の疏明資料によると、昭和簡易裁判所は昭和三十五年五月二十日申請人を債権者とし、被申請人を債務者として、「被申請人は別紙目録表示実用新案公報掲載の実用新案権の権利範囲に属するパチンコ機における弾球槌の位置修正装置の製造販売頒布をしてはならない。被申請人方に存する前項記載の実用新案権に抵触する構造を有するパチンコ機における弾球槌の位置修正装置の既成品半製品及びこれらの部品に対する被申請人の占有を解き申請人の委任する名古屋地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。受任執行吏は本命令の目的を達するため適当な措置をとることができる。」との仮処分命令(同庁三五年(ト)第二四号実用新案権仮処分申請事件)を発し、これに対し被申請人が特別事情に基く取消を申立てたところ、同裁判所は昭和三十五年六月二十八日「当裁判所昭和三十五年(ト)第二四号実用新案権仮処分申請事件につき当裁判所が昭和三十五年五月二十日なしたる仮処分決定は申立人において金七十万円の保証を立てることを条件として之を取消す。申立費用は被申立人の負担とする。」との判決(同庁昭和三五年(サ)第九一号事件)を言渡し、右判決は昭和三十五年七月一日被申請代理人に送達せられ、前記仮処分中、目的物件に対する被申請人の占有を解き執行吏をしてこれを保管せしむる旨の仮処分執行は昭和三十五年七月二日解放せられたことが認められる。
よつて案ずるに、仮執行宣言付仮処分取消判決に対し阪処分債権者が控訴の申立をなし、民事訴訟法第五一二条により右判決の仮執行停止を求め得ることは勿論であるが、仮執行停止決定は、仮執行宣言付判決の執行がなされる前に、その執行を停止する効力を有するのみであつて、既にその判決の執行が完了した後においては、その執行を停止せんとするも停止すべき対象がなく、結局その停止決定は執行不能に終るの外はなく、又仮執行停止決定は、既になされた判決の執行を取消す効力を有するものではないから、判決の執行終了後に停止決定を発しても、既に執行ずみの処分は如何ともなし難い。
仮処分取消判決の執行とは、曩の仮処分決定によつてなされた仮処分執行を解放することに外ならないから、右判決の執行を停止するということも、右判決に基づいて曩の仮処分執行を解放せんとする行為を、事前に停止することに外ならない。一旦右判決に基づいて解放処分がなされてしまえば、その後に停止決定を得ても、既になされた解放処分が無効になつたり、或は仮処分債権者が改めて之の仮処分決定に基づいて再度仮処分執行をなし得るというものではない。或は、仮執行宣言付仮処分取消判決の仮執行を停止することによつて、既に曩の仮処分執行が解放されてしまつた後においても、再び元の仮処分執行当時の状態に復帰せしめ得るとの見解があるかも知れないが、かかる見解は、仮執行停止決定に判決取消と同様の効果を与えるのみならず、仮処分取消判決を信頼して新たな法律関係に入つた仮処分債務者をして不測の損害を蒙らしめ、徒らに仮処分債権者の保護にのみ厚くなる結果を生ずるから、公平の理念上到底賛同し難い。よつて、仮執行宣言付仮処分取消判決の執行停止は、右判決の執行前に限ると解するを相当とすべく、従つて執行吏保管の仮処分にあつては、執行吏がその仮処分執行を解放するまでに、停止決定を執行吏に提出して解放処分を停止せしむることを要すべく、又債務者に不作為を命ずる仮処分にあつては、仮処分取消判決の正本が債務者に送達せられるまでに(遅くとも右判決正本の送達と同時に)、停止決定正本が債務者に送達せられることを要するものと解するを相当とする。
然るに本件においては、前記の如く執行吏保管の仮処分は昭和三十五年七月二日既に解放せられ、又債務者に不作為を命ずる仮処分も昭和三十五年七月一日前記判決の送達によつて既に解放せられているのでおるから、今更右判決の仮執行を停止しても、何等実益はないものといわなければならない。
以上の理由により申請人の本件申請はその利益を欠くものとして却下すべく、よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 松本重美 吉田誠吾 南新吾)
目録
昭和二十八年六月二十三日出願
昭和二十八年願書第一八四二二号
昭和二十九年十二月四日公告
昭和三十年二月十九日査定
パチンコ機における弾球槌の位置修正装置
昭和三十年四月十一日登録第四二六八四八号の実用新案権